しまなみのレ・キ・シ・・・。

 まぁ、今週は「しまなみ海道編」ネタで通しましたが、これでネタ切れです(笑)。

 そもそも、大山祇神社へ行こうかと思い立ったのは「国宝の甲冑類がある神社」と知ったので、馴染みない神社ですが、これはかなり「レキシ」があるぞ・・・ということで、改めて大三島中心に訪れた訳ですが、やはり想像通りなところでした・・・。

 大山祇神社の宝物館はもちろんですが、村上三島記念館に付随?してある、ちょっとした部屋みたいな「何とか(失念)民俗資料館」も覗いてみましたが、普通に3つ4つ甲冑が展示(置いてある風?)してあり、何か縄文から明治?くらいまでの、かなり手当たり次第的?ジャンルの展示物がありました。これを見ても、しまなみ地域をはじめ瀬戸内の諸島といえども、昔から人々の往来、交流が盛んだったように思われマス・・・。多分、地元の研究家の方かが寄贈されたんですかね?・・・的、空間でした。

↓その展示室に、なにげに貼ってあった地図の「大三島」付近の写真です。良く見てみると、縄文土器とか弥生土器とかの文字が見えます・・・(クリックで拡大)。大昔から人が住んでいたんでしょうね、魚も旨いですしねぇ、アサリも獲れたでしょう!?。で、各所に見張り台的、砦?、山城?があります、諸水軍の物だったんでしゅうかね?・・・海上警備、関所的活動をされていたと言いますから、吉備とか大和とかの防衛とかも担っていたのでしょうかね?その逆かな??・・・と妄想すれば「レキシ」への興味が深まるばかりです。

 ・・・でもね、私的に何べんも言いますが、学校の「歴史」は大嫌いだったんですが、人間、分からんモンです。歴史っていうのは、多元的なもんですね、各場所、地域、国、思想、政治・・・と同時進行する中で、色々な出来事、事件を横にも縦にも繋げていく事で、理解を深めていく・・・、「ああ、こういう流れで、こういうことが起こったんか」とか、「こういう背景で、こうなったんか」とかを考えると、非常におもしろいもんだし、その場所に行くと、よりその歴史の一端に近づけるような気がしますね。

 最後に、最近歴史本を読んでる中で、加来耕三氏の1フレーズ「歴史は勝者によって綴られる・・・」ってのが、印象深いですね。
確かに、歴史に記録を刻むのは大概、「勝者」や「体制側の人」ですからね。どうしても主観が入りますので、その点を考慮して歴史を考察した方が良いのかもしれません。
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